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千葉地方裁判所 昭和63年(ワ)1598号 判決 1992年12月14日

原告 舩木元旦 外二名

被告 株式会社辻板金工業所

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告舩木元旦に対し、三八五万六六五五円、原告元旦ビューティ工業株式会社に対し、一七〇万一五一七円、原告舩木商事有限会社に対し、二一万二六八九円並びに右原告舩木元旦に対する請求額の内金二七一万七〇七八円については訴状送達の日の翌日から、同内金一一三万九五七七円については原告らの平成四年一月二〇日付準備書面送達の日の翌日から、右原告元旦ビューティ工業株式会社及び原告舩木商事有限会社に対する請求額については訴状送達の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担にする。

3  右1の項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告舩木元旦の実用新案権に基づく請求

(一) 原告舩木元旦(以下「原告舩木」という。)は、次の実用新案権を有している(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)。

考案の名称 面構造材の連結装置

出願日 昭和五五年八月一一日(実願昭六〇-二九六五七)

公告日 昭和六二年九月二八日(実公昭六二-三七八六四)

登録日 昭和六三年一一月二四日(登録番号一七四九二八五)

実用新案登録請求の範囲 本判決添付の実用新案公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおり

(二) 本件考案の構成要件は、次のとおりである。

A 左右に並ぶ面構造材の継目部分の裏面に捨板を添設し、該継目部分の表面にカバーを被着するようにした面構造材の連結装置において、

B 面構造材には上縁に係合部を、下縁に係止部を設け、

C 捨板には表面に平坦状部分を形成するとともに下縁には面構造材の係止部内に嵌入する嵌入部を設け、

D カバーには左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片と、該折込片の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片とほぼ平行にした折返片とにより横方向に開口する差込部を左右に形成するとともに下縁には面構造材の係止部の外面に被着する嵌合部を設け、

E 面構造材の継目部分の裏面に捨板を添設してカバーを被着した状態で捨板の嵌入部が面構造材の係止部内に嵌入され、

F カバーの各差込部内には各面構造材の側縁が挿入されてカバーの嵌合部が面構造材の係止部の外面に被着され、

G カバーの折返片が捨板の平坦状部分に密接状になっている

H 面構造材の連結装置。

(三) 被告は、業として、昭和六二年暮頃、山武中央会館の屋根を施工し(施工面積一七一七平方メートル)、また、その後、大網白里町立増穂中学校(施工面積二〇八二平方メートル)及び佐倉市立西中学校(施工面積一八五〇平方メートル)の屋根を施工したが、その施工に当たり、別紙第一物件目録記載の面構造材の連結装置(以下「第一物件」という。)を使用した。

(四) 第一物件の構造は、次のとおりである。

a 左右に並ぶ面構造材3(数字は、別紙第一物件目録記載のものを指す。第一物件につき以下同じ。)の継目部分の裏面に捨板1を添設し、該継目部分の表面にカバー10を被着するようにした面構造材3の連結装置において、

b 面構造材3には上縁に係合部6を、下縁に係止部7を設け、

c 捨板1には表面に平坦状部分8を形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7内に嵌入する嵌入部5を設け、

d カバー10には左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片12と、該折込片12の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片12とほぼ平行にした折返片13とにより横方向に開口する差込部14を左右に形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7の外面に被着する嵌合部11を設け、

e 面構造材3の継目部分の裏面に捨板1を添設してカバー10を被着した状態で捨板1の嵌入部5が面構造材3の係止部7内に嵌入され、

f カバーの10の各差込部14内には各面構造材3の側縁が挿入されてカバー10の嵌合部11が面構造材3の係止部7の外面に被着され、

g カバー10の折返片13が捨板1の平坦状部分8に密接状になっている

h 面構造材3の連結装置。

(五) 第一物件の構造aないしhは、本件考案の構成要件AないしHにそれぞれ該当するので、第一物件は、本件考案の技術的範囲に属する。

(六) 被告は、第一物件を使用する行為が本件実用新案権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、第一物件を使用したものであって、原告舩木元旦は、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができるところ、右の本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、被告の第一物件を使用した屋根の施工面積五六四九平方メートルに、被告の一平方メートル当たりの工事平均単価一万一五一九円と屋根工事額に対して本件実用新案権が占める金銭的割合八〇パーセントとを乗じた額の七パーセントである三六四万三九六六円である。

(七) よって、原告舩木元旦は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、三六四万三九六六円及び内金二三五万四八三六円に対する訴状送達の日の翌日から、内金一二八万九一三〇円に対する原告の平成四年一月二〇日付準備書面送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  原告らの意匠権に基づく請求

(一) 原告舩木、原告元旦ビューティ工業株式会社(以下「原告株式会社」という。)及び原告舩木商事有限会社(以下「原告有限会社」という。)は、次の意匠権を有している(以下「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件意匠」という。)。

意匠に係る物品 建築用板材の連結具(捨板)

出願日 昭和六〇年三月八日(意願昭六〇-八八八九)

登録日 昭和六二年一二月九日(登録番号七二九八二二)

登録意匠の範囲 本判決添付の意匠公報の図面記載のとおり

なお、本件意匠権は、昭和六三年三月二七日までは、原告舩木と原告有限会社の持分各二分の一の共有であったが、同月二八日、右原告両名の持分の一部を原告株式会社に移転し、同日から、原告舩木及び原告有限会社の持分各一〇分の一、原告株式会社の持分一〇分の八となった。

(二) 本件意匠は、平板状部分のほぼ中央に段状に下る平坦状部分を形成し、左右の側縁には上方に折り返すように水返し部を設け、後縁には屈曲片を、前縁には嵌入部を形成した形状であり、本件考案の面構造材の連結に用いられるものである。

(三) 被告は、業として、前記1(三)のとおり、昭和六二年暮頃以降、山武中央会館、大網白里町立増穂中学校及び佐倉市立西中学校の屋根を施工したが(施工面積は三五一七平方メートル)、その施工に当たり、別紙第二物件目録記載の建築用板材の連結具(捨板)(以下「第二物件」という。)を使用した。

(四) 第二物件の形状は、平板状部分1のほぼ中央に段状に下る平坦状部分2を形成し、左右の側縁には上方に折り返すように水返し部3、3を設け、後縁には屈曲片4を、前縁には嵌入部5を形成したものである。

(五) 第二物件の形状は、本件意匠と全く同一である。

(六) 被告は、本件第二物件を使用する行為が本件意匠権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、第二物件を使用したものであって、原告らは、被告の第二物件の使用により、本件意匠権の実施により挙げることができたはずの利益を喪失した。本件意匠権が屋根工事額に占める金銭的割合は一五パーセントであり、また、原告株式会社は本件意匠権の実施によって屋根工事額の三五パーセントの利益を挙げることができ、原告舩木及び原告有限会社は右利益の各一〇パーセントの利益の配分を受ける権利を有するところ、工事平均単価は一平方メートル当たり一万一五一九円であるから、原告株式会社が挙げうる利益の額は、一万一五一九円に施工面積三五一七(平方メートル)、本件意匠権が屋根工事額に占める金銭的割合〇・一五(一五パーセント)及び利益率〇・三五を乗じた二一二万六八九六円となる。そして、原告らの利益の分配割合によると、原告舩木及び原告有限会社の逸失利益は、その一割である各二一万二六八九円、原告株式会社の逸失利益は、その八割である一七〇万一五一七円となる。

(七) よって、不法行為に基づく損害賠償として、被告に対し、原告舩木及び原告有限会社は、各二一万二六八九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から、原告株式会社は、一七〇万一五一七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

3  以上のとおりであるから、原告舩木は、被告に対し、三八五万六五五円及び内金二七一万七〇七八円に対する訴状送達の日の翌日から、内金一一三万九五七七円に対する平成四年一月二〇日付準備書面の送達の日の翌日から各支払済みに至まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告株式会社及び原告有限会社は、被告に対し、それぞれ一七〇万一五一七円、二一万二六八九円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みに至まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1(一)  請求の原因1(一)及び(二)は認める。

(二)  同1(三)は否認する。

(三)  同1(四)のうち、第一物件がaないしc、hの構造を備えていることは認めるが、その余は否認する。その余の構造は、次のとおりである。

d カバー10には左右側縁を裏面側に重合するように祈り返し状にした折込片12と、該折込片12の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片12とほぼ並行にした折返片13の先端がさらに折込片12の裏面に当接するように斜め上方に折曲された圧着片15とにより差込部14を左右に形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7の外面に被着するくの字型の嵌合部11を設け、

e 面構造材3の継目部分の裏面に捨板1を添設して、表面にカバー10を被着した状態で捨板1の嵌入部が面構造材3の係止部7内に嵌入され、

f カバーの10の各差込部14内には各面構造材3の側縁が挿入されてカバー10の嵌合部11が面構造材3の係止部7の外面に嵌合され、

g カバー10の折込片13が捨板1の平坦状部分8に配置されるようになっている。

(四)  同1(五)及び(六)は否認する。

2(一)  同2(一)のうち、原告舩木及び原告有限会社が本件意匠について登録を受けていることは認めるが、その余は知らない。

(二)  同2(二)は認める。

(三)  同2(三)ないし(六)は否認する。

三  被告の主張

1(一)  本件考案は、「カバーには左右側緑を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片と、該折込片の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片とほぼ並行にした折返片とにより横方向に開口する差込部」及び「カバーの折返片か捨板の平坦状部分に密接状になっている」を構成要件とするものである。本件考案の願書に添付した明細書の考案の詳細な説明の項の記載を参酌すると、本件案の右構成要件は、次のとおり解される。

(1)  本件考案の願書に添付の明細書の考案の詳細な説明の項には、「カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になっているので、施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない。」(本件公報二頁四欄二六行目ないし二九行目)と記載されており、右記載によれば、本件考案においては、カバーの折返片が折込片と平行になっていることにより、カバーが捨板の平坦状部分と密接し、この密接状態により、カバーの折返片が捨板との関係で相互に確実に支持され、相互の位置にずれが生じなくなっているものと解される。

(2)  また、考案の詳細な説明の項には、「カバーは折込片とと折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側緑が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材かから外れない。」(本件公報二頁四欄一九行目ないし二三行目)、「左右に並ぶ面構造材の継目部分を極めて簡単に施工することができ」(同一頁一欄二四行目ないし二五行目)、本考案によればビスや釘を使用しないし、カバーを面構造材の側緑に挿入するとともに捨板を継目部分の裏面にあてがうだけで施工できるので作業効率が著しく良好」(同二頁四欄三四行目ないし三七行目)と記載されており、右記載によれば、本件考案は、捨板の平坦状部分と密接状となることができるカバーを有し、かつ、当該カバーが横方向に開口している差込部を有するという構成を採用したことにより、右の様な作用効果を奏するものと解される。

(3)  右(1) 及び(2) を総合すれば、本件考案の「横方向に開口する差込部」という構成は、その常態において開口している差込部を意味するものというべきである。

(二)  これに対して、第一物件の構造は、次のとおりである。

(1)  第一物件の差込部14は、その先端が圧着面で弾性的に閉鎖されており開口していない。

(2)  第一物件における圧着面と折込片12とで形成する差込部14は、その弾性力により強く当接して圧着しているので、面構造材3をカバー10に差し込む際には当該抵抗を排除する程度に強く押し込む必要があり、その分、作業効率は悪くなる(本件考案の作用効果を有しない。)。その反面、第一物件においては、一たん押し込んでしまえば、カバー10と面構造材3とを一体にして持ち運ぶことができるほどその支持力は強く、捨板1との密接は必要ではなく、したがって、捨板1に平坦状部分を必要としない。

(三)  右のとおりであるから、第一物件は、本件考案の技術的範囲に属さないものというべきである。

2  本件考案は、屋根板などのカバー付き連結装置に係るものであって、面構造材、捨板、カバーの三部材の構成とその組合わせに関する技術的工夫であるが、面構造材にしても連結装置にしても、その周辺技術及び背景技術は、従前から無数に存在するのであり、これら公知技術と対比してはじめて、本件考案の新規性及び進歩性を理解することができる。そのためには、本件考案の出願から登録に至る過程を検討することが必要である。

(一) 本件実用新案権は、実願昭五五-一一二六〇三号出願(以下「原出願」という。)の分割出願に係る権利である。ところで、原出願は、昭和五五年八月一一日に出願され、そのまま実開昭五七-三八〇二四号として出願公開されたが、昭和五九年一一か月二二日、「捨板の構成が不明瞭である等」の理由で拒絶理由通知を受けた。

(二) これに対して、原告舩木(出願人)は、昭和六〇年三月四日、原出願の実用新案登録請求の範囲を補正し、同時に、本件実用新案権の出願に係る分割出願をした。

右分割出願については、昭和六〇年一一月一五日、原出願と実質的に同一であること、カバー材に差込部を形成することは、実開昭四九-九七九二〇号公報(以下「藤田式屋根連結構造」という。)に示されるように公知であること、実願昭五三-二〇〇四号(実開昭五四-一〇六六一五)(以下「神田橋式屋根連結構造」という。)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム及び藤田式屋根連結構造の考案から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められることを理由とする拒絶理由通知を受け、昭和六一年五月一四日付拒絶査定においても、同様の判断が示された。

(三) 原告舩木は、昭和六一年七月一七日、右拒絶査定に対して審判請求したが、昭和六二年五月二六日付の「カバーの折返片を捨板に密着させたことによる効果が不明瞭である。」という拒絶理由通知を受け、右拒絶理由通知に対し、同日付手続補正書をもって、<1>カバーは、折込片と折返片とにより差込部を構成し、<2>折返片と折込片とがほぼ平行であるから、<3>差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバー面構造材から外れない、<4>そして、雨水が面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでも、カバーの差込部内や折返片を流れ出ることになる、<5>しかも、カバーの折返片と捨板の平坦状部分が密接状になっているので、施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない、との補正をし、その結果、昭和六二年六月一日出願公告の決定を受けた。

この出願後、株式会社カナメ及び大同鋼板株式会社から登録異議の申立があったが、本件考案は、捨板の平坦状部分に、裏面に、面構造材の端部を挿入する挿込部を一体に形成したカバーを載置し、面構造材の上下縁の係止部、係合部、捨板の下縁の嵌入部、カバーの下緑の嵌合部を係合することによりカバーを係止した点が従来の公知技術にないところであるとして、昭和六三年八月一八日登録異議の申立は理由がない旨の決定を受けるとともに、同日登録査定を受けた。

以上の経過、殊に原告舩木の昭和六二年五月二六日付手続補正書から明らかなとおり、本件考案は、カバーの差込部の構成(開口した横向差込部)、カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状であることを必須の構成要件とするものである。これに対して、第一物件は、開口した横向差込部を有さず、カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状でないことは、前述のとおりである。

また、右の経過から、本件考案は、捨板の平坦状部分に、挿入部のあるカバーを置き、面構造材、捨板、カバーを一体的に係合することによりカバーを係止する点に構成上の特徴があり、この点により、カバーや面構造材の安定性を保持し、雨じまいの良好性を得るという従来にない作用効果を奏するのである。これによると、本件考案のカバーの「横向差込部」は、それのみで面構造材を強固に支持する作用を有するというのではなく、差込部を有するカバーと捨板の平坦状部分とを密接することと、カバー、捨板、面構造材の三部材を一体的に係合することとにより、カバーや面構造材の安定性を保持するものである。これに対して、第一物件は、その差込部が閉鎖されている構成であり、右差込部は、面構造材の側縁を挿入するにとどまらず、圧着面の存在により、それだけで面構造材を強固に保持することができ、また、雨水の侵入を完全に防止することができるのである(なお、予想を上回る強い風雨やその他の原因により、万一、雨水が侵入しても、折込片12、折返片13、圧着片15で作出される空間により遮断され、雨水の侵入が防止される。)。

3  第一物件は、ヤマコ商事株式会社(以下「ヤマコ」という。)及びその事業を継承した株式会社サンライン(以下「サンライン」という。)が製造販売していた屋根材であるが、サンラインにおいて、昭和五九年五月一一日、第一物件について実用新案登録出願を行ったところ、右出願は、平成三年六月一八日出願公告(実公平三-二八〇八九)された(以下これを「サンライン出願」という。)。第一物件が第一考案の技術的範囲に属さないことは、このことからも明らかというべきである。

なお、第一物件は、本件考案を利用するものではない。本件考案は、その「横向開口部」についても、それだけを取り出して考えれば、実用新案性等は初めから問題とならない陳腐なものであり、その「実用新案登録請求の範囲」に記載された構成全部が総括的に一体とされてはじめて、進歩性、新規性が認められたものである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張1について

(一) 被告は、第一物件は、そのカバーの差込部が開口していないから、本件考案の技術的範囲に属さないと主張する。しかしながら、本件考案のカバーにおける差込部に関する実用新案登録請求の範囲の記載は、「横方向に開口する差込部」というだけであって、「横方向に開口している差込部」とは記載されていない。右記載は、結局、面構造材が挿入されるための「開口」部の存在を意味するのであるから、第一物件についても、差込部の先端が圧着面の存在で弾性的に閉鎖されていても、面構造材の挿入時には圧着面が開放し、「開口」するのだから、第一物件が本件考案の技術的範囲に属することは明らかである。

(二) 被告は、本件考案は、横向差込部のみで面構造材を強固に支持する作用を有するというのではなく、差込部を有するカバーと捨板の平坦状部分とを密接することと、カバー、捨板、面構造材の三部材を一体的に係合することとにより、カバーや面構造材の安定性が保持されるのに対し、第一物件は、横向差込部のみで面構造材を支持することができると主張する。

しかし、第一物件も、被告のいう本件考案の構成上の特徴(捨板の平坦状部分に、挿入部のあるカバーを置き、面構造材、捨板、カバーを一体的に係合することによりカバーを係止するという構成)を備えており、被告が主張する横向差込部だけで構成されるのではないし、作用効果の面においても、圧着面の弾性力によりカバーと面構造材を強固に支持することになるので、本件考案の作用効果をそのまま具備するのである。

また、第一物件の圧着面の存在による効果は、被告の主張するほど大きいものではなく、カバーに面構造材をぶらさげることができるわけでもなく(その必要もない。)、雨水の侵入の防止も決して完全とはいえない。

2  被告の主張2について

被告は、本件考案の出願から登録までの過程を詳細に分析し、本件考案の新規性を、カバーの差込部の構成(開口した横向差込部)及びカバーの折返片と捨板の平坦状部分との密接に限定しようとするが、本件考案の技術的範囲は、その実用新案登録請求の範囲に記載された内容全体に及ぶのであり、被告主張のように限定する理由はない。

3  被告の主張について

被告のいうサンライン出願は、その名称及び実用新案登録請求の範囲から明らかなとおり、「長尺板の継手」についての考案であり、第一物件が本件考案の技術的範囲に属さないとする理由にはならない。第一物件が本件考案を利用するものではないという被告の主張も、難解であるばかりか、理解不能である。

五  抗弁(本件意匠権に基づく請求に対して)

1  先使用権

(一) 本件意匠は、原告舩木を創作者、出願人として昭和六〇年三月八日に出願されたが、ヤマコは、右出願の数年前から第二物件を製造販売していた。第二物件の意匠は、ヤマコが本件意匠を知らないで、自らその意匠の創作をし、本件意匠の登録出願の際、第二物件の意匠の実施である事業をしていたものである。右のとおりであって、ヤマコは、本件意匠について先使用による通常実施権を取得した(以下「本件先使用権」という。)。

(二) ヤマコは、昭和六一年一月一〇日、サンラインを設立し、その設立と同時にヤマコが従前有していた屋根工事事業の一切をサンラインに移転し、本件先使用権もヤマコからサンラインに移転した。そして、被告は、サンラインから、第二物件を買い受けてきたものであるから、その行為は、本件意匠権を侵害しない。

2  権利の濫用

(一) 抗弁1(一)と同じ。

(二) 原告舩木は、ヤマコが「ラインルーフ」と総称して販売していた屋根工事材料の一部である第二物件を知った後に、当該意匠の創作者に無断で、そのままの意匠を本件意匠として意匠登録出願したのであって、本件意匠は、本来、意匠法三条一項及び一七条の規定により、意匠登録を受けることができないものであった。原告の請求は、本来無効とされるべき本件意匠権に基づくものであり、権利の濫用として許されない。

六  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)のうち、本件意匠の出願の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

2(一)  抗弁2(一)に対する認否は、抗弁1(一)に対する認否と同様である。

(二)  同(二)の事実は否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  原告舩木の本件実用新案権に基づく請求について

1  請求の原因1(一)及び(二)は、当事者間に争いがない。

2  ところで、原告舩木主張の被告が使用していたという面構造材の連結装置が、第一物件、すなわち、別紙第一物件目録に記載のとおりのものであるとしても、第一物件は、以下に認定判断するとおり、本件考案の技術的範囲に属さないものというべきである。

(一)  前1の当事者間に争いのない事実によれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲は、本件公報の該当項記載のとおりであって、本件考案は、カバーには左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片と、該折込片の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片とほぼ平行にした折返片とにより横方向に開口する差込部を左右に形成するとともに下縁には面構造材の係止部の外面に被着する嵌合部を設け(構成要件D)という構成を有するものである。これに対して、第一物件を示す別紙第一物件目録のイ号図面第4図によれば、第一物件は、カバー10には左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片12と、該折込片12の先端から更に裏面側に折り返した折返片13とにより差込部14を左右に形成する構造を有するが、折込片12と折返片13とは、ほぼ平行にした構造を有しないものと認められる。すなわち、本件考案の構成要件Dにいう「折込片とほぼ平行にした折返片」の意義について検討するに、通常の用語例に例えば、「平行」とは、同一平面上の二直線あるいは空間の二平面がどこまで延長しても交わらないことを意味し、また、「ほぼ」とは、およそということを意味するものであるところ、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件考案の願書添付の明細書の考案の詳細な説明の項には、本件考案は、「折込片とほぼ平行にした折返片」(本件公報一頁二欄二四行目及び二五行目)の構成を有するものである旨記載されており、また、「カバーは折込片と折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない。」(同二頁四欄一九行目ないし二三行目)旨右構成による作用効果が記載されており、更に、願書添付の図面中、第四図には、実施例の折込片12と折返片13とが平行に図示されていることが認められ、右認定の事実によると、本件考案にいう「ほぼ平行」というのも、前示通常の用語例に従うものと認められる。そうすると、少なくとも、第一物件の折込片12と折返片13のように、両者のなす角度が一見して一〇度近くもあるものは、本件考案にいう「ほぼ平行」には含まれないものというべきである。

(二)  また、前示本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案は、カバーの折返片が捨板の平坦状部分に密接状になっている(構成要件G)という構成を有するものである。これに対して、別紙第一物件目録のイ号図面第4図によれば、第一物件は、カバー10の折返片13が捨板1の平坦状部分8と密接状になっている構造を有しないものと認められる。すなわち、本件考案の構成要件Gにいう「密接状」の意義について検討するに、通常の用語例に従えば、「密接状」とは、隙間なくぴったりとついた状態を意味するものであるところ、前掲甲第一号証によれば、本件考案の明細書の考案の詳細な説明の項には、本件考案は、「カバーの折返片が捨板の平坦状部分に密接状になっている」(本件公報二頁三欄六行目及び七行目)構成を有するものである旨記載されており、また、「カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になっているので、施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない。」(同二頁四欄二六行目ないし二九行目)旨右構成による作用効果が記載されており、更に、願書添付の図面中、第四図には、実施例のカバー10の折返片13が捨板1の平坦状部分8に隙間なくぴったりとついた状態が図示されていることが認められ、右認定の事実によると、本件考案にいう「密接状」というのも、前示通常の用語例に従うものと認められる。そうすると、第一物件のカバー10の折返片13と捨板1の平坦状部分8とは密接状になっていないものというべきである。

(三)  以上によれば、第一物件は、本件考案の構成要件D及びGを具備せず、ひいては、本件考案の作用効果を奏しないものである。したがって、第一物件は、本件考案の技術的範囲に属さないものというべきである。

3  よって、原告舩木の本件実用新案権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをいえない。

二  原告らの本件意匠権に基づく請求について

1  請求の原因2(一)のうち、原告舩木及び原告有限会社が本件意匠について登録を受けていたことは、当事者間に争いがなく、そして、成立に争いのない甲第四号証によれば、その余の事実を認めることができる。また、請求の原因2(二)の本件意匠の内容については、当事者間に争いがない。

2  被告の先使用権の抗弁について判断する。

成立に争いがない甲第一三号証の一ないし三、乙第二六号証、第五九号証、証人竹本出の証言により原本が存在し、かつ、真正に成立したものと認められる乙第五五号証、右証言及び証人辻智之の証言を総合すれば、ヤマコは、昭和五九年四月、本件意匠を知らないで第二物件を含む面構造材の連結装置(以下「ヤマコ物件」という。)の設計図を作成し、同年五月、ヤマコ物件について実用新案登録出願(いわゆるサンライン出願、実願昭五九-〇六七八六六。ただし、考案の名称は「長尺板の継手」となっており、また、添付図面における捨板の意匠は、本件意匠及び右設計図とは若干異なり、段状に下る平坦状部分を有していない。)をするとともに、ヤマコ物件の生産のための機械を発注し、同年一〇月、右機械が完成すると、ヤマコ物件の試作及び右試作品を使用した性能の検査などを行ったこと、昭和六一年一月一〇日サンラインが設立され、その設立と同時に、ヤマコが従前有していた屋根材の製造のための設備一切がサンラインに移転されたこと、被告はサンラインから第二物件を買い受けているものであることを認めることができる。

ところで、意匠法二九条にいう「事業の準備」とは、意匠登録出願に係る意匠の内容を知らないで自らその意匠若しくはこれに類似する意匠の創作をした者又はこの者から知得した者が、その意匠につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味するものと解すべきところ(特許法七九条に関する最判昭和六一年一〇月三日民集四〇巻六号一〇六八頁参照)、右認定の事実によれば、ヤマコは、本件意匠権の意匠登録出願の日である昭和六〇年三月八日の前に、ヤマコ物件について設計図を作成していたばかりか、これについて実用新案登録出願をし、その生産のための機械を発注し完成させ、ヤマコ物件の試作及び性能検査をしていたというのであって、本件意匠権の意匠登録出願の際も、ヤマコにおける第二物件の製造販売に向けた態勢は継続していたものと推認することができ、また、ヤマコが第二物件に係る意匠について即時実施の意図を有していたことは、これらの行為の中で、客観的に認識されうる態様、程度において表明されていたものと認められる。そうすると、たとえ、第二物件の意匠が本件意匠又はこれに類似する意匠の範囲に属するとしても、ヤマコは、第二物件の意匠の実施及び右第二物件の製造販売という事業の目的の範囲内において、本件意匠権について先使用権を有するものというべきである。そして、前認定のとおり、ヤマコは、昭和六一年一月一〇日、サンライン設立と同時に、従前の屋根材の製造のための設備一切をサンラインに移転したのであるから、右実施の事業とともに右先使用権をサンラインに移転したものと認められる。

次に、原告らが、先使用権者であるサンラインの製造した第二物件を買い受けて屋根を施工している被告に対して、本件意匠権侵害を主張しうるか否かについて検討するに、サンラインが現に第二物件の製造販売についての先使用権を有することは前認定のとおりであるから、原告らは、第二物件を買い受けた被告に対しても、これを使用して屋根を施工したことについて、本件意匠権の侵害を主張しえないものというべきである。なぜならば、先使用権者からその製造販売に係る物件を買い受けた第三者が、これを通常の用法に従って使用、収益、処分することは、先使用権者の事業自体が当然に予想しているところであって、これに対して意匠権者が意匠権侵害を主張しうるとすれば、先使用権者から当該物件を買い受ける者はいなくなり、先使用権者が右事業をすることができなくなって、先使用権を認めた趣旨が没却されることになるからである。

以上によれば、被告の先使用権の抗弁は理由があり、したがって、原告らの本件意匠権に基づく請求も、理由がないものというほかはない。

三  結論

よって、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清永利亮 清水信雄 本吉弘行)

第一物件目録

(面構造材の連結装置)

一 構造の説明

別紙イ号図面で示すように、

(a) 左右に並ぶ面構造材3の継目部分の裏面に捨板1を添設し、該継目部分の表面にカバー10を被着するようにした面構造材3の連結装置において、

(b) 面構造材3には上縁に係合部6を、下縁に係止部7を設け、

(c) 捨板1には表面に平坦状部分8を形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7内に嵌入する嵌入部5を設け、

(d) カバー10には左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片12と、該折込片12の先端から更に裏面側に折り返して折込片12とほぼ平行にした折返片13とにより横方向に開口する差込部14を左右に形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7の外面に被着する嵌合部11を設け、

(e) 面構造材3の継目部分の裏面に捨板1を添設してカバー10を被着した状態で捨板1の嵌入部5が面構造材3の係止部7内に嵌入され、

(f) カバー10の各差込部14内には各面構造材3の側縁が挿入されてカバー10の嵌合部11が面構造材3の係止部7の外面に被着され、

(g) カバー10の折返片13が捨板1の平坦状部分8に密接状になっている面構造材3の連結装置。

二 イ号図面の簡単な説明。

第1図はカバーの一部を欠截して全体を分解した状態の斜視図、第2図は一方の面構造材を組立た状態の斜視図、第3図は左右の面構造材を組立た状態の斜視図、第4図は第3図IV~IV線の断面図である。

符号の説明。

1は捨板、3は面構造材、5は嵌入部、6は係合部、7は係止部、8は平坦状部分、10はカバー、11は嵌合部、12は折込片、13は折返片、14は差込部。

(イ)号図面第1図~第4図

第二物件目録

一 物品の名称

建築用板材の連結具(捨板)

二 ロ号図面の説明

図面は本物件の正面図、背面図、平面図、底面図、右側面図、及び平面図のA~A線断面図を示す。

三 物品の説明

本物件は、添付した別紙ロ号図面で示すように、平板状部分1のほぼ中央に段状に下る平坦状部分2を形成し、左右の側縁には上方に折返すように水返し部3、3を設け、後縁には屈曲片4を、前縁には嵌入部5を形成した形状である。

(ロ)号図面

実用新案公報<省略>

意匠公報<省略>

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